Hi-fi・ロスレス

Loosen up with the Kessselsは、オルタナティブ・ロックおよびサイケデリック・ポストパンク調、高い演奏技術とシャープで尖った旋律を奏でるギタープレイが魅力的な曲。

Robyn HitchcockThe Stone RosesEyelidsthe dB'sElephant StoneBig StarNew Orderのファンにおすすめしたいこの曲は、Apple MusicSpotifyなどのストリーミング・サービスでお聴きいただけます。

特徴その1.-80年代のマイクロジャンル(サイケデリック・ポストパンク)を現代風にアレンジ

マイクロジャンルとは、2022年以降のポピュラー音楽界で急速に人気が高まり始めた音楽分野の一つでdrift phonkamapianoなどがその一例にあげられます。

Loosen up with the Kesselsは、その昔流行ったマイクロジャンルの一つ、サイケデリック・ポストパンク調の曲[1986年に Lawrence LaFerla (L.ラフェーラ) が作詞・作曲を担当]によって2023年のリスナーでも新鮮に感じるように現代風にリマスターされた意欲作。(著作権2023。)

演奏には、サイケデリック・ポストパンクとサイケデリック・ブリットポップに用いられる魅入なテクニックの数々が使用されており、レトロ音楽ファンだけではなく現代の音楽ファンにもお楽しみいただけること間違いありません。

特徴その2.-現代的でエッジの効いたサウンド

Loosen up with the Kesselsは、80年代のサイケデリック・ポストパンクの自然体な表現で苦味の中にかすかな甘味を感じさせる世界観が印象的な曲。どこかで懐かしさを感じるものの、エッジの効いたサウンドが現代的なのがこの曲の特徴。逆に新鮮に感じるリスナーもおられることでしょう。

WHO ARE KESSELS?

Kesselsは、80年代にボストンでポストパンク/モッド/ダブバンドとして活躍していたバンド「007/Dub7」のメンバー(ギターのSteve Harrell、ヴォーカルのMr.Kessel、ベースのMatt Elmes、ドラムのGarry Milesの4名)が、007/Dub7とは異なる音楽ジャンルで活動する時に名乗っていたバンド名です。

当時のボストンでは、たくさんのバンドが大学ラジオ局を通してその活動を発信していて、中でも007/Dub7はエッジの効いたハードでテンポが速い曲が多くのDJやリスナーから高い評価を受けていたカルト的人気バンドでした。

007/Dub7は、The ClashThe SpecialsBad Brainsなどの著名アーティストのコンサートでオープニングアクトを務めたこともある実力派でしたが、Kesselsとしても完全に別の活動も行っていたのでした。

これは、まるでTHE BLUE HEARTSTHE BOOMのようなバンド活動を行うようなものでした。

残念ながら、Kesselsの活動はあまり評価されることはありませんでした。当時、007/Dub7の活動を応援してくれていた音楽の流行に敏感だった人々や大学ラジオの関係者達にもKesselsの録音テープが送り続けられていましたが、評判になることは無かったのです。

Loosen up with the Kesselsは「商業的すぎる」「メインストリームすぎる」という理由であまりたくさんの支持を集めることはできず、最後には忘れ去られてしまいました。上手くプロデュースされた曲だけに、ファンや大学ラジオDJの間で話題にならず、アンダーグラウンドヒット曲とならずに終わったことは非常に悔やまれます。

忘れさられていた潜在的なヒット曲

1980年代の音楽配信は、インディーズミュージシャンやバンドにとって困難でコストのかかるプロセスでした。誰でもオンラインで曲をアップロードして共有できる今日のデジタル・プラットフォームとは異なり、当時のアーティストはレコード、カセット、コンパクトディスクといった物理的な形式に頼らざるを得ず、高価な制作費とプロモーション費用が必要だったのです。また、彼らの多くは、既存アーティストやメインストリームの音楽ジャンルを好むメディアへの露出やオンエアされることの難しさに直面していました。その結果、インディーミュージックの配信はアンダーグラウンドシーンやオルタナティブネットワークに限定されることになったのです。

Loosen up with the Kesselsは日の目を見ることはなく、また、007/Dub7のファンでさえその曲の存在を知らず、そして最後には、Kessels自体が解散してしまったのでした。

それから37年の時が経ち、行方不明になっていたLoosen up with the Kesselsが収録されたテープが再度見つかり、マスタリングされることになったのです。

マスタリングされたテープを聴き、関係者達は、その出来栄えに、現代のリスナーに評価されるのでは?と淡い期待を持ったのでした。

Tim O’Heir氏による録音

Loosen up with the Kesselsは米国では著名インディーロックプロデューサーのTim O’Heir氏により録音されたのですが、日本ではあまり彼のことが知られていませんので、彼のこれまでの実績と活動をここで簡単に振り返ってみたいと思います。Kesselsの録音を担当する以前、商業的なジングルなどを処理していた無名オーディオエンジニアリングだったTim O’Heir氏。現在、彼は、映画のサウンドトラックや舞台のサウンドデザインで高い評価を受けるようになりました。

  • 1986年のKesselsの曲の録音とミキシングを手がけたことで、インディー・ロック・プロダクションの長いキャリアをスタート。

  • 90年代の大半をボストンのフォート・アパッチ・スタジオ(Fort Apache Studios)の共同設立者兼パートナーとして過ごす。

そこで、バッファロー・トム(Buffalo Tom)、カム(COME)、セバドー(Sebadoh)、J・マスシス (J Mascis) などの影響力のあるバンドやアーティストと共同作業を行なう。

また映画やブロードウェイでも活躍(サウンドトラックとサウンドデザインを担当)。

  • 1995年のアメリカの青春映画『KIDS/キッズ』では、サウンドデザイナー(サウンドトラックとサウンドエフェクトの両方)としてクレジットされる。

  • 2015年のブロードウェイミュージカル『Hedwig and the Angry Inch』では、トニー賞の最優秀サウンドデザイン部門にノミネートされ、ミュージカル復活の最優秀賞を受賞。

  • 2017年の映画『The Little Hours』のサウンドトラックでの功績により、インデペンデントスピリット賞の「最優秀音楽」部門でノミネートされる。この映画はコメディ映画としても高い評価を受けた。

  • 2019年に公開された映画『The Farewell』のサウンドトラックディレクターを務める。この映画はゴールデングローブ賞の最優秀外国語映画賞を受賞し、中国系アメリカ人の家族の物語を描いた感動的な作品。

これらはTim O'Heir氏の業績の一部です。

Kesselsとの仕事が契機で、彼のキャリアはロック界のプロデューサーとして大きく花咲き、後に音楽ディレクターにも上り詰めることに成功したのでした。

マスターテープについて

2023年になって、37年前にオープンデッキのテープレコーダーで録音されたアナログ磁気テープをデジタル化し、最新の技術でマスタリング(音質・音圧調整)することが出来たのは幸運だったと言えます。

確かに、当時の1/4インチのオープンリールで録音されたテープを産業用音楽再生装置を用いて15 ipsで再現することは可能ですが、数十年保管された古いテープ(特にヴィンテージのAmpexブランド)は劣化し再生できない状態になることも珍しくありません。

今回、たった一本だけのテープが発見されましたが、再生できるほど状態が良く、当時のバンドの演奏を再現することが出来たのは本当にラッキーでした。

録音テープの定温ベーキング処理可能にした当時の演奏の再現

アナログとデジタルメディアの保存と復元に特化したGREATBEARの創立ディレクターのAdrian Finnに協力してもらい、マスターテープの品質をそのままに、デジタルオーディオとして保存することになりました。

Ampexオープンデッキのテープをそのまま保存し、復元するのに効果的な手法は特殊なオーブンで定温ベーキング処理をすることです。テープ上の粘着性の残留物を溶解・除去することで、古い高速テープの品質を一時的に復元することが可能になります。

また、定温ベーキング処理の後は、テープを安全に再生することが可能になり、音声をすぐにデジタル化し、高品質(HiFi)でロスがないデジタルオーディオファイルを作成することができるようになりました(1986年と同じくらい生き生きとした豊かな音質を確保し再現可能に)。

2023年のマスタリング技術で現代に蘇み(よみ)がえったLoosen up with the Kessels

Sam Moses氏がこの曲を2023年に鮮やかに蘇らせるのに重要な役割を果たしました。彼はMoses Masteringという会社のオーナーであり、ゴールドレコードを手がけたマスタリングエンジニアです。彼のクライアントには、Chris BrownBilly Ray CyrusEaston CorbinKari JobeTenth Avenue NorthRelient KPaul Wallなどの有名アーティストのほか、JoanNightlySmallpoolsShoffyThe AcesJake MillerYoung Rising SonsLFOHaste The DayMatthew MayfieldPhangsCaroなどのインディーロックアーティストもいます。

1986年に録音されたLoosen up with the Kessels2023年でも新鮮で最近録音されたように聞こえるのは、一流のミュージシャンが満足するマスタリング技術にあるのです。

そもそも、ソースミックスの音が良いときに限り、高い技術力を持つマスタリングエンジニア1人だけの力でオーディオフィニッシングを行い、高品質の音楽を再生することができます。 Loosen up with the Kesselsが復活したのは、2023年に高い技術力を持つポストプロダクションの専門家が集結しただけではなく、1986年に録音されたとき、ミュージシャンや録音エンジニアは最高のスタジオの技術とスキルを駆使して、安全に保管するために曲をスタジオマスターテープに収めたTim O’Heir氏のおかげでもあります。過去に録音された曲を現代に復活させることは容易ではなく、世代を超えた高機能なチームワークがあって、初めて実現するのです。

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